特急「たざわ」、そして「かもしか」の血統を受け継ぎ、秋田と青森をダイレクトに結び続けているのが特急「つがる」です。古くは急行「津軽」として秋田の鉄路に馴染み深い名を冠したこの列車は、私にとって年間で最も多く利用する、公私ともに欠かせない「…
1982年の東北新幹線開業から、1997年の秋田新幹線「こまち」へとバトンを繋ぐまでの約15年間。秋田駅のホームで最も頻繁に見かけた特急といえば、間違いなく「たざわ」でした。私が高校を卒業し、横浜の大学へ通い始めた時期はまさにその全盛期。帰省のたび…
かつて秋田駅のホームで、茜色の新幹線「こまち」の隣に寄り添うように停車していた、白地に青とピンクのラインを纏った短い特急列車がありました。1997年の秋田新幹線開業とともに誕生し、秋田と青森をダイレクトに結んだ特急「かもしか」です。運行期間は1…
秋田に縁のある列車名の中でも、「鳥海」ほどその役割や姿を変えながら愛されてきた名前はないかもしれません。山形・秋田県境にそびえる名峰を冠したこの列車は、ある時は昼の俊足として、またある時は夜の安らぎとして、長年私たちの街と首都圏を結んでく…
かつて上野駅の地平ホームから、北を目指して出発していったブルートレインたち。その中でも、秋田県民にとって「あけぼの」と並んで忘れられない存在が、寝台特急「出羽」です。1982年から1993年までのわずか11年という運行期間でしたが、羽越本線経由で秋…
かつて、夜の秋田駅に独特の静寂と高揚感をもたらしていた列車がありました。上野と青森を、羽越本線経由で結んでいた寝台特急「あけぼの」です。2015年に「北斗星」が姿を消し、純粋なブルートレインの歴史に幕が下ろされましたが、秋田県民にとって最も身…
2026年5月3日、ゴールデンウィーク後半戦の初日。午前中の仕事を終え、私はその足で再び青森県平川市の碇ヶ関へと向かいました。わずか数日ぶり、2回目となる「RUUP/(ルウプ)」への訪問。そこには、短時間の滞在とは思えないほど濃密で、心温まる出会いが…
2026年4月29日の弘前遠征。メインの大鰐線だけでなく、帰りの「リゾートしらかみ6号」までのわずかな時間を使って、もう一つの弘南鉄道、弘南線にも触れてきました。 わずか2駅、往復20分足らずのミニ乗り鉄でしたが、そこで出会ったのは全国的にも珍しい?…
2026年4月29日、祝日。弘前の街巡りを終え、今回の旅の締めくくりに選んだのは快速「リゾートしらかみ6号」でした。桜の季節ではありましたが、あえて混雑する弘前公園には足を向けず、静かに「鉄分」を堪能する時間を選んだのは、この日の帰り道に二つの大…
2026年4月29日、祝日。私は弘前市の中央弘前駅で開催されている、王林さんプロデュースのポップアップストアを目指していました。 oyakotetsu-noritetsu.hatenablog.com 本来なら効率的な移動手段を選ぶところですが、私の心は決まっていました。それは、202…
2026年4月29日、快速「リゾートしらかみ」でのトレインワーケーションを終えた後、私は弘前市にある弘南鉄道大鰐線の終着駅、中央弘前駅を訪れました。 今回の目的は、2028年に休止が予定されている大鰐線を盛り上げるべく、地元出身タレントの王林さんがプ…
2026年4月29日、昭和の日の祝日を利用して「トレインワーケーション」を実践してきました。 今回の旅の舞台は、快速「リゾートしらかみ」です。秋田と弘前・青森を五能線経由で結ぶこの列車は、片道約4時間をかけてゆっくりと進みます。この「たっぷりとした…
1992年の山形新幹線開業は、東北の鉄道体系を大きく変える出来事でした。当時、横浜で学生生活を送っていた自分にとって、東京から「つばさ」に乗り、山形で特急「こまくさ」に乗り換えて秋田を目指すルートは、新しさと懐かしさが同居する特別な帰省路でし…
1996年から1997年にかけて、秋田の鉄路は歴史的な転換点を迎えていました。横浜での大学生活の合間、帰省のたびにレンズを向けたその光景は、まさに「新旧が交差する一瞬」の記録でした。秋田新幹線開業という大きなうねりの中で、刻一刻と姿を変えていった…
1997年3月10日、南部縦貫鉄道と十和田観光電鉄の熱気が冷めやらぬまま、旅の舞台は青森県を網羅するもう一つの雄、弘南鉄道へと移りました。大学生活の最後を飾るにふさわしい、濃密な鉄路の記憶を辿ります。 弘南鉄道三昧:黒石線、弘南線、そして大鰐線へ …
1997年3月10日、秋田新幹線「こまち」の開業をわずか12日後に控えた東北の地を訪れました。当時、横浜に住んでいた自分にとって、この旅は新幹線時代という大きな転換点を前に、消えゆく景色を記憶に刻み込むための儀式のようなものでした。 深夜の上野駅か…
2026年、かつての寝台特急たちが姿を消して久しいですが、私たちの心の中には今もあの青い客車が走り続けています。今回は、関西と北東北を結んだ大動脈、**寝台特急「日本海」**の思い出を辿ります。 秋田機関区の機関士だった祖父から聞いたEF81の物語、そ…
前回の電気機関車編に続き、かつてのコレクションから、たった一形式ながら強烈な存在感を放っていたディーゼル機関車をご紹介します。 1. 唯一無二の凸型。HOゲージで味わう「DD51」の機能美 ディーゼル機関車といえば、やはりこの形。凸型の車体に朱色の塗…
鉄道模型には、走らせる楽しさだけでなく「所有する喜び」があります。特に秋田に縁のある車両を並べる時間は、至福のひととき。かつて私の手元で重厚な輝きを放っていた、HOゲージの電気機関車たちをご紹介します。 1. HOゲージという贅沢。1/80が刻むディ…
秋田市内には、二つの「デゴイチ」が保存されています。一つは大森山動物園(大森山公園)に、そしてもう一つが土崎街区公園に。 しかし、この二つの車両が置かれている状況は、今や極めて対照的です。今回は、厳しい状況にある土崎のD51 370にスポットを当…
2026年4月12日、春の風を感じながらのランニング。その足跡の先に広がるのは、秋田の鉄道ファンにとっての「聖地」であり、時に「終着駅」ともなる**JR東日本 秋田総合車両センター(AT)**の風景ですね。 国鉄時代から日本の鉄路を支え抜いた名車たちが、そ…
1. 待ちに待ったオープン!静かに熱く始まる新シーズン 今日、2026年4月1日。秋田の鉄道ファン、そして小坂鉄道保存会のメンバーにとって大切な場所「小坂鉄道レールパーク」が今季の営業を開始しました。 オープン直後の4月4日に訪問、まだ乗り物などの動態…
2026年2月21日、東京。夕方からの打ち合わせを前に、品川区の「蛇窪神社」への参拝を済ませ、池上線から始まるミニ乗り鉄へと繰り出しました。 そこで待っていたのは、かつての東急電鉄の記憶を呼び起こす「リバイバルカラー」たちの競演。白蛇様のご利益を…
2026年2月21日、横浜での研修を前に、都会の喧騒の中に佇む「都会のローカル線」鶴見線へミニ乗車してきました。 1. 鶴見駅から出発。短くも濃密な「海芝浦支線」の旅 鶴見駅から黄色いラインの鶴見線に乗り込み、一路、海芝浦支線の終点を目指します。この…
秋田駅の新幹線ホーム。旅の始まりや終わりの場所として何気なく通り過ぎてしまいがちですが、実はその待合室の中に、鉄道ファンなら垂涎ものの「隠れた聖地」があるのをご存知でしょうか。 JR関係者の方々が長年撮り溜めてきたと思われる、秋田の鉄路を彩っ…
2004年10月11日。まだ「小坂製錬小坂鉄道」として、現役の貨物鉄道が誇り高く血を通わせていたあの日の記録です。 20年という歳月を経て、当時は「一人の来場者」としてラッセル車に乗り込んでいた方が、今では「保存会会員」としてその車両を守り、おもてな…
2026年4月4日、青森県平川市にある奥羽本線・碇ヶ関駅。駅舎の中に新しく誕生した、温もりあふれる交流拠点「RUUP/(ルウプ)」を訪れました。 ここは、ファザーリング・ジャパン東北の先輩がオープンさせたカフェ&バー。単なる飲食店にとどまらず、地域の…
2003年6月、新緑の北上線を力強いドラフト音と共に駆け抜けたSL「錦秋湖号」。 今から20年以上も前になりますが、東北の山々に蒸気機関車の煙がたなびいたあの3日間は、沿線が熱狂に包まれた特別な時間でした。 当時の記録と、主役を務めたD51 498について詳…
2003年当時は、秋田地区でも国鉄型気動車の置き換えが急速に進んでいた時期でした。その中で、特別な任務を帯びて横手駅に姿を現した2つの名車を振り返ります。 1. キハ58系(快速「懐かしの横黒号」) 写真に収められている国鉄急行色のキハ58系。この日は…
2026年1月30日、翌日のアンガーマネジメント研修を前に、私は横浜の地に降り立ちました。用事を済ませた後、吸い寄せられるように向かったのは**「原鉄道模型博物館」**。 世界的に著名な鉄道模型製作・収集家である原信太郎氏のコレクションを展示するこの…
